第57回 国際理解・国際協力のための全国中学生作文コンテスト 入賞作品紹介
賞 | 受賞者/題目 |
外務大臣賞 |
北海道教育大学附属札幌中学校 荻野 真緒 さん 世界の平和のために、異なる文化への理解が果たせる役割 - 世界平和の鍵は、子供時代の想い出に - |
文部科学大臣賞 | 明治学園中学校 赤松 菜々子 さん 持続可能な開発のために、わたしができること |
公益社団法人 日本ユネスコ協会連盟会長賞 |
AICJ中学校 保田 喜央 さん 世界の平和のために、異なる文化への理解が果たせる役割 |
公益財団法人 日本国際連合協会会長賞 |
大府市立大府中学校 伊藤 優花 さん 世界の平和のために、異なる文化への理解が果たせる役割 |
公益財団法人 安達峰一郎記念財団賞 |
豊中市立第八中学校 松澤 研二 さん 世界の平和のために、異なる文化への理解が果たせる役割 - 二つの国に生まれて - |
日本放送協会会長賞 | フェリス女学院中学校 井上 千桜里 さん 持続可能な開発のために,わたしができること |
国際連合広報センター賞 | 札幌日本大学中学校 矢島 空 さん
持続可能な開発のために,わたしができること - チョコレートの裏側で - |
金賞 | 市川学園市川中学校 渡辺 果蓮 さん 持続可能な開発のために,わたしができること |
関西学院中学部 村上 聡 さん 世界の平和のために、異なる文化への理解が果たせる役割 |
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明治学園中学校 岡本 瞳 さん 持続可能な開発のために,わたしができること - 私達の目標達成に向かって - |
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銀賞 | 市川学園市川中学校 上村 まどか さん 世界の平和のために、異なる文化への理解が果たせる役割 |
広島女学院中学校 藤賀 友梨 さん 持続可能な開発のために,わたしができること |
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鹿児島大学附属中学校 前田 葵 さん 世界の平和のために、異なる文化への理解が果たせる役割 |
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佳作 | さくら市立氏家中学校 阿賀 愛紗 さん 持続可能な開発のために,わたしができること |
ぐんま国際アカデミー中等部 木村 夏希 さん 持続可能な開発のために,わたしができること - 目標16平和と公正ををすべての人に - |
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淑徳与野中学校 瀬尾 和香奈 さん 持続可能な開発のために,わたしができること - 知床から持続可能な社会について考える - |
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本郷中学校 髙荷 洸星 さん 世界の平和のために、異なる文化への理解が果たせる役割 - 文化の尊重と受け入れ - |
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京都府立福知山高等学校付属中学校 林 路子 さん 世界の平和のために、異なる文化への理解が果たせる役割 |
世界の平和のために、異なる文化への理解が果たせる役割
-世界平和の鍵は、子供時代の想い出に-
外務大臣賞
北海道 北海道教育大学附属札幌中学校 1年 荻野 真緒
テロやイスラム国のニュースを目にするたびに、私は強い違和感を感じる。それは、私の知っているイスラム圏の人達と、テロ行為が全く結びつかないからだ。
私は小学校四年生の時に、アメリカのヒューストンの公立小学校に通っていた。その小学校は、世界四十ヶ国の子供達が通っている国際色豊かな小学校だった。
私がクラスで一番仲良くしていたのは、イランとサウジアラビア出身の女の子だった。彼女達は、外国の小学校に入学して、不安でいっぱいだった私に、学校の事を教え、休み時間には必ず遊びに行こうと声をかけてくれた。今、思い返しても、愛情豊かな、心の優しい女の子達だった。私が帰国する時も、一番泣いてくれたのは彼女達だった。
ニュースでは頻繁に、ヨーロッパやアメリカで、イスラム圏の人達に対する偏見や差別が増していると報じられている。彼女達が心配でならない。
あんなに優しかった彼女達も、偏見や差別で嫌やな思いをたくさんしたら、怒りや憎しみなどのマイナスな感情が生まれてくるかもしれない。
確かに、ある日突然自分の住んでいる街でテロが起こり、隣に住んでいるイスラム圏の人がテロリストかもしれない状況で感じる恐怖は、日本に住んでいる私達には、想像できない感情かもしれない。
けれど、私には、ヒューストンでイスラム圏出身の女の子達と過ごした楽しい想い出があるから、イスラム圏の人達には、一生良いイメージを持ち続けることができる。同様の経験を世界中の子供達がすれば、世界は平和になるのではないか。
国際連合の活動目的を調べると、「国際平和と安全の維持、経済・社会・文化などに関する国際協力の実現」と書いてあった。
国際平和の為に最も必要な事は、何の偏見も、異なる文化へのイメージもない子供時代に、多様な文化、宗教の子供達が触れ合う事なのではないかと私は考える。それも、一日や二日の短期間ではなく、お互いの良い所を知ることができる位の期間の触れ合いが必要だ。
私がヒューストンの小学校で見た光景。出身も、人種も、宗教も違う国の子供達が、仲良く遊び、共に学ぶ光景こそが、まさに国際連合の目指す国際平和の姿なのではないか。
そのために、異なる文化圏に住む子供達を全ての日本の小学校に留学生として一定期間受け入れる事を私は提案したい。今ある偏見や差別は、お互いをよく知らないことが大きな原因だからだ。
子供達を留学生として日本に受け入れる案にはもう一つ良い点がある。それは、日本の平和を世界中の子供達に感じてもらえる点だ。
アメリカの友達が日本に遊びに来た時、夜に外を歩けることをとても驚いていた。確かに、ヒューストンにいた時、夜に外を歩いていた人はほとんどいなかった。世界には、昼間でも、女性や子供が安全に外を歩けない国が数多くある。
だからこそ、世界中の子供達に、夜でも子供が外を歩ける程平和な日本を見てほしい。平和な日本を感じた子供達が将来大人になった時には、きっと、今の日本のように、女性や子供が夜に外を歩ける平和な国を作りたいと思うはずだ。
「世界平和」。言葉にすると、自分には手の届かない大きな問題のように感じがちだ。しかし、解決の鍵は「子供時代に、日本で一緒に遊び、楽しい想い出をたくさんつくる。」という身近な所にあると、私は考える。
持続可能な開発のために、わたしができること
文部科学大臣賞
福岡県 明治学園中学校 3年 赤松 菜々子
持続可能な開発のために、私たちができることは何か。私はその問いに対するヒントを、私の住む北九州市の歴史から得ることができた。
北九州市は、1960年代、日本の四大工業都市として発展していた。その一方で、工場から出る煙や廃棄物は、市民の暮らしに大きな影響を及ぼした。工場からの廃棄物で海は汚れ、工場からの煙により大気汚染が進んだ空は「七色の空」と表現されるほどであった。しかし、当時これは公害の象徴ではなく、市の発展の象徴であった。
このような状況に最初に声をあげたのは戸畑区の婦人たちだった。いくら町の発展のためとはいえ、洗濯物は外で干せない、子どもがぜん息に苦しんでいる、という状況に耐えられなかったのであろう。その婦人達の声を聞き、行政は市民と一体となって公害対策にのりだした。その結果、北九州市は元の青い海と澄んだ空を取り戻し、現在では「環境モデル都市」として、環境保全の大切さを世界に発信している。
私はこの婦人たちの行動に注目したい。彼女たちは、「戸畑婦人会」として、「青空がほしい」というスローガンのもと、公害反対運動を行った。彼女たちのすごいところは、公害についてただ不満や文句を言っていたのではなく、自ら公害の実態について学び、解決の方法を探っていったところだ。彼女たちは、まず、降ってくる灰の量や空気の汚染度についての実態調査を行った。次に、実態調査の結果を待って、大学の公衆衛生学教室に通った。そこで、教授の指導のもと、データ分析を行った。すると、近くの工場が住民の生活にかなりの悪影響を及ぼしていることが分かった。この調査結果があったからこそ、行政は市民と一体となって、公害対策にのりだしたのだ。
婦人達の活動は、テレビや新聞などでも紹介され、日本中で称賛された。そして、その活動は映画にもなった。
私は、婦人達の「学ぶ姿勢」が強く印象に残った。子育てや家事に追われる生活の中で、何かを学ぼうとする熱意を持つのは難しいと思ったからだ。しかし、彼女達の熱意はむしろ母親であるからこそ生まれたものであることに気づいた。公害に苦しむ我が子をなんとか救ってやりたい、一刻も早く公害をなくさなければならないという危機感が彼女達を突き動かしたのだ。
今の私達に必要なのは、この「学ぶ姿勢」ではないだろうか。現在、私達の周りでは、地球温暖化、オゾン層の破壊、酸性雨など、様々な環境問題が複雑に絡みあっている。しかし、正直なところ、これらに関して日常生活で危機感を感じることはあまりないのが現状だ。だが、そういう時こと「学ぶ姿勢」が大切なのではないかと思う。危機感を感じる時にはもう手遅れなのだ。
例えば、私は一学期の社会の授業で、COP21について学んだ。各国の代表者が集まって環境問題について定期的に議論をしているということは、なんとなく知っていた。しかし、その授業を通して、海面上昇、気温の上昇、異常気象など、今地球がどれだけ深刻な状況にあるのかが分かった。
このように、ニュースなどでよく耳にする言葉は、なんとなく知っているが内容はよく知らない、関係ないと思っている人も多いのではないだろうか。しかし、なんとなく知っているだけでは意味がないのだ。私達一人一人の小さな行動の延長線上に、地球レベルの問題があることを、私達は忘れがちだ。普段から情報に敏感になり、気になった言葉はすぐに調べてみること、つまり「学ぶ姿勢」を身につけることが大切だと思う。そして、持続可能な開発のために私達ができることだと思う。
世界の平和のために、異なる文化への理解が果たせる役割
公益社団法人 日本ユネスコ協会連盟会長賞
広島県 AICJ中学校 2年 保田 喜央
「学校から帰ったら毎日泣いてた。それが当たり前になってた。」
転校してきた友人が言った。いつも明るい彼女からは想像できない言葉だった。彼女は五歳のときに海外へ渡り、中学入学と同時に帰国した。しかし中学校では、帰国子女という先入観からあまり会話をしてくれる人がおらず、いつも独りだったという。そして、入学から二ヶ月後に私の学校に転校してきた。
「日本では、ほとんどの人が変わった人たちを受け入れるのが苦手なんだよね。」
彼女は、日本で自分のことを「変わった人」と呼ぶ。「長く海外で生活していたから」「日本語が苦手だから」そんな理由で、前の学校では周囲の人たちに「変わった人」という目で見られていたからだ。世界のほんのひとかけらを切り取ったような狭い世界で、それは「ちがい」ではなく「変わったこと」だったのだ。彼女の横顔は少し寂しそうだった。
グローバル化が進む現代社会では、異文化を知るということの重要さは日に日に増している。彼女の元クラスメイトだって悪気があったわけではない。しかしそれにもかかわらず、彼女は毎日泣かなければならなかった。
「一律」「協調」「集団」に重点を置いた日本の教育と、外国で大切にされてきた「個性」。それらの違いに彼女のクラスメイトは戸惑いを隠せなかった。だから、それを「ちがい」ではなく「変わったこと」だと認識してしまった。では一方、なぜ今の学校だと彼女は馴染めているのだろうか。私は、その違いは彼女に積極的に話しかけたというところにあると思う。新しい環境で彼女が戸惑っているというのは簡単に分かることだ。だからこそ彼女のことを知ろうとして、自分たちからアクションを起こしたのだ。
異文化を持つ人と向き合い、グローバル化を促進させるのは、最終的には私たち一人ひとりなのだ。グローバル化という言葉自体は私たちの間にも浸透しつつある。しかし、いざ異文化に生きてきた人を目の前にすると怖じ気づいてしまうのが今の日本人の特徴なのだ。それは私の友人の経験からも言えるだろう。
これを移民・難民問題に置きかえて考えてみる。彼らは、日本に来れば衣食住に困ることはまず無い。就学も就職もできる。確かに、物質的な豊かさはあるかもしれない。では、精神的な豊かさは? 故郷から遠く離れた地で生活を送っていくことはそう簡単ではない。そんな中で、文化の違いによる苦労をしていたらどうだろう。私は、友人のような思いをする人が増えることを懸念している。特に外国人は日本人よりも宗教やアイデンティティを重要視している人が多いと聞く。もし、自らの文化を理解されずになおざりにされるなら、幸福な生活を送れているとは言えない。
私たちは異文化を受容する寛容な心を持たなければならない。異文化とは、必ずしも可視的なものではない。だからこそ、理解するのは難しい。理解できるかできないかの原因は、ほんのちょっとしたところにあるのだ。その歯車が上手く噛み合うかどうかで、異文化を持つ人々にとって生活が平和かつ幸せに送れるか否かが決まるのだ。
二〇一六年九月には「難民と移民に関する国連サミット」にて全会一致で「TOGETHERキャンペーン」を採決した。これは、受け入れ国・コミュニティーと移民・難民との社会契約を強め、移民・難民への偏見をなくすことを目指すグローバルキャンペーンだ。これは二〇一八年までされる。つまり今はTOGETHERキャンペーン実施中なのだ。
今よりももう少し心を広く持つことは、異なる文化を受容する勇気を持つことは、身近な異文化を持つ人だけでなく、これから日本へやってくるもしかすると今はまだ戦禍の中にいる人々をも救う力にきっとなる。今よりもっと、全ての人にとって住みやすい日本に世の中になる。私はそんな社会に生きる、社会を創る一員でありたい。
世界の平和のために、異なる文化への理解が果たせる役割
公益財団法人 日本国際連合協会会長賞
愛知県 大府市立大府中学校 3年 伊藤 優花
やっと憧れの模擬国連に参加できる。私はこの日が来ることを心待ちにしていた。
模擬国連では、地球温暖化による百年後の気温上昇を半分の二度以下に抑える事を目標に話し合った。二酸化炭素の消滅率や森林保護、新規植林や温暖化を抑制するための国際的な基金への貢献など様々な事業を各国がどのくらい負担するのか。予め、各国の中で悩みながらもそれらの数値を決め、国連の場で提出した。始めの時点では、百年後の気温上昇は二・七度。あと〇・七度下げるだけなら簡単そうだ。たぶん、あの場にいた参加者の全員が私と同じようにそう思っただろう。しかし、この余裕は時間が経てば経つほど消えていった。なぜなら、予想以上に議論が進まなかったからである。
自分達の意見だけを通そうと一方的に放たれる言葉。他国の意見を聞く暇もなく、それが次々と出てくる。話を聞かないから、何回も同じ説明をしたり、話題があちこちに飛んでしまったりもしている。おかげで議論はいつまでも平行線のまま。さらに悪いことに、みんなの苛苛が募り、喧嘩のような雰囲気になってしまった。そんな状態で議論が進むはずも無く、初めての模擬国連では目標を達成することができずに終わってしまった。
全員の目標は一つだったのに、なぜ達成できなかったのだろう。その原因は、全員が自国の利益を優先させたいという思いが先行して、他国の意見を冷静に聞けていなかったことだろう。国連で出された各国の数値はどれも考え抜かれた上で決定されている。だから、私達が不満に思った他国の数値にもそれなりの理由があったはずだ。しかし、私は意見に耳を傾けて、他国の背景や状況、立場を十分に理解しようとしなかった。逆に自分達の意見だけを通そうと声を荒げてしまっていた。話を聞き、相手の立場になって考えていれば、他国と一緒になって解決策を探して、良い案が見つかっていたかもしれない。それなのに自分達の国だけ負担が多過ぎやしないか。なんで他国はもう少し負担してくれないのか。議論の最中、私はそんな風に他国を信用できなかった。振り返ると、そうしていたのもまた、自分が他国を理解しようとしていなかったからだと今なら分かる。悔しい思いもしたが、模擬国連は私に、意見をよく聞き、異なる立場になって考えることの大切さとそれを実践する難しさを教えてくれた。
異なる立場を理解する。言葉で言うのは簡単だが、これを実践するのはなかなか難しい。そこでカギとなるのが異文化理解だ。文化とは衣食住だけでなく、宗教や政治、学問や道徳など人間がつくりあげた生活の仕方や社会の仕組み、物事に対する感じ方の全てを指している。そして、それは過去の歴史や伝統、地域の風土に基づいてつくられており、人々の思いや知恵が詰まっている。つまり、文化を理解することは、裏に隠れた人々の思いに気づくことに繋がるのだ。異なる人々の思いを理解すれば、相手の立場になって考えることができるだろう。また、それによって相手を信用できるようになり、各国が一丸となる強い絆も生まれると思う。
近年、世界中で戦争や国家間の緊張状態、環境問題が相次いで発生している。私はこんな世の中だからこそ、問題解決には、対話による国を越えた協力が必要だと思う。今の核ミサイルなどの技術を使って武力での解決を図れば、一瞬にして世界は終わってしまう。技術という文化はそのために発達してきたのではない。文化は諸刃の剣だ。私達はその文化を世界を分断させる道具としてではなく、平和への対話を上手く進めるための道具として使わなければならない。対話の中で対立した時、いかに相手の文化を理解して、自分も異なる立場から物事を見られるかどうか。世界を平和に導けるかどうかは、これにかかっているのではないだろうか。